交流の広場

玉川上水今むかし

第3話 新堀橋と旧堀跡

▲福生市指定史跡の旧堀跡

▲新堀橋から望む玉川上水(新東京100景)
水彩画のような美しい風景が見れるポイント

 短期間のうちに開削され、水不足に悩む江戸の町の助け水となった玉川上水ですが、完成後も様々な困難に遭遇することになります。

 羽村市と福生市の境界付近から下流にかけて約600mの区間は、当時は多摩川本流に近接していました。そのため、たびかさなる多摩川の出水によって玉川上水の土手がしばしば崩壊し、土手の管理と修理に多大な労力と費用がかかっていました。このままでは通水に支障が生じる事態も起こりかねないと、開削から約90年後の元文5年(1740年)の夏から秋のかけて、代官上坂安左衛門の掛かりで新田世話役川崎平右衛門により、堀が多摩川から40mほど東に離して掘り替えられ、新堀橋が掛かる現在の位置に移されました。

 旧堀跡は、現在「加美上水公園」内に遺構として残されており、堀の中を歩いて見学することが出来ますので、一度訪れてみてはいかがですか。