交流の広場

玉川上水今むかし

第6話 玉川上水の分水(2) 〜熊川分水〜

▲熊川分水取水口

 五日市街道と玉川上水が交差する牛浜橋から200mほど下流の熊牛稲荷付近に熊川分水口はあります。ここで取水された熊川分水は家々の間を流れ、熊川神社のわきをぬけて石川酒造へと向かいます。

 昔、熊川村は多摩川の左岸10m超の崖線上に沿って発達した集落で、地理的に取水が困難な地域でした。当時から熊川村の名主で造り酒屋であった石川家は、村民の飲用水と灌漑用水を確保するため、付近を流れる玉川上水から水を引き込む「熊川分水計画」を立ち上げました。酒造りのための原料米精製に水車の動力源が必要であったことも一つの理由であったようです。明治23年(1890年)1月、念願の熊川分水が完成。それから後、昭和30年代に上水道が普及し始めるまでの間、熊川分水は村民の生活を支え続けたのです。

 石川酒造を流れ出た熊川分水は一路多摩川に向かい、すぐ先の福生南公園内の崖を流れ落ちて多摩川に合流していきます。ちなみにここは「どうどうの滝」と呼ばれ、市民の散歩コースとして親しまれています。

 熊川付近の玉川上水と熊川分水周辺は、かつてホタルの生息地でした。夏になると沢山のホタルが飛び交い、見る人を楽しませていたそうです。しかし、環境の変化により今ではそうした光景もほとんど見られなくなってしまいました。そのため、近くにあるホタル公園ではホタルの養殖が行われています。また、ホタルの保存保護運動の一環として地元の住民を中心に「ホタルまつり」が開催され、毎年大勢の見物客で賑わいます。玉川上水にたくさんのホタルが戻る日も近いことでしょう。

▲石川酒造内を流れる熊川分水
▲熊川分水とホタル保護の看板