交流の広場

街道を歩く

第8話 東京都水道道路

▲【写真1】
  紅葉が美しい野山北公園自転車道

 現在、村山貯水池(多摩湖)及び山口貯水池(狭山湖)には、羽村の堰から原水が地下に埋められた導水路により送られています。この導水路は、羽村堰の第3水門からほぼ一直線に両貯水池へと続いています。

 村山貯水池及び山口貯水池は、東京都と埼玉県にまたがる狭山丘陵を利用して造られた人工湖です。明治末期、東京の急激な人口増加に玉川上水だけでは給水量が不足し始め、多摩川の水を一旦貯えることで夏場の渇水期などにも安定した供給ができるよう、両貯水池の建設が計画されました。

 そして、村山貯水池が大正13年(1924)、山口貯水池が昭和9年(1934)にそれぞれ完成しました。山口貯水池の建設工事では、多摩川の砂利を運搬するための鉄道が、導水路上に敷設されました。

 現在は、その廃線跡を利用して遊歩道や自転車道が整備され、市民の生活道として活用されています。


▲【写真2】 山口貯水池(埼玉県所沢市)
都民の水道使用量の約4日分(約2,000万m3)を

貯水できる

 ▲【写真3】 四季の移ろいを見せる村山貯水池
  (東京都東大和市)

 羽村堰から始まる導水路は、JR青梅線を越えると「神明緑道」と称される遊歩道になります。福生市に入って加美平団地内を横切り、さらに進んで行くと、遊歩道は米軍横田基地で分断されてしまいます(地下の導水路はそのまま延びています)。しかし、横田基地の東側(武蔵村山市中原)で「野山北公園自転車道」として再び姿を現わし、貯水池へと向かいます。

 住宅街の中を一直線にのびた自転車道を進むと、新青梅街道を横断し、狭山丘陵の麓で「横田トンネル」にたどり着きます。ここからトンネルが4つ続き、最後の「赤坂トンネル」を出たところで自転車道は終了。山道をさらに進むと5番目のトンネルが姿を現しますが、現在は封鎖されています。

 かつての砂利運搬鉄道は、山道に唸りをあげて山口貯水池を目指していたことでしょう。


   ▲【写真4】 四季の移ろいを見せる村山貯水池
     (東京都東大和市)

   ▲【写真5】 封鎖された第5トンネル
     ここを抜ければ山口貯水池まであと一歩