交流の広場

多摩川遊歩記

第12話 三田氏の滅亡と海禅寺

▲歴史の重みを今に伝える海禅寺山門
 春には桜が美しい
 JR二俣尾駅の東側、辛垣(からかい)山の麓に、かつての青梅地方の支配者三田氏に菩提寺として手厚い保護を受けた「海禅寺」があります。戦国時代の永禄6年 (1563)に起った「辛垣の合戦」で、辛垣城主三田綱秀は、滝山城主北条氏照率いるの軍勢に敗北。辛垣城は炎に包まれまれました。その際、海禅寺にも火の手が及んでいます。三田綱秀は落ちた辛垣城から脱出。岩槻(埼玉県)まで逃れ、自刃して尽きました。この時すでに74歳の老いの身であったそうです。後に、家来がその首を持ち帰って埋めたとされる「首塚」が、海禅寺に残されています。

   
       ▲室町時代からの歴史をもつ曹洞宗海禅寺

●吉川英治記念館●

▲吉川英治記念館
「草思堂」と呼ばれる書斎も残っている

 吉川英治(1892〜1962)は、「宮本武蔵」をはじめ、「鳴門秘帖」、「松のや露八」、「太閤記」、「新・平家物語」、「私本太平記」など、長編約80編、短編約180編という膨大な小説を執筆し、多くの人々に愛読された国民文学作家で、昭和35年(1960)には文化勲章を受賞しています。

 吉川英治記念館は、JR二俣尾駅から徒歩15分、吉野街道沿いにあります。近辺は観梅で有名な「吉野梅郷」で、春には観光客で賑わいます。