交流の広場

多摩川遊歩記

第15話 青梅〜羽村の古井戸を巡る

◆男井戸女井戸◆
  青梅市大柳に残る古井戸。その昔、弘法大師が諸国を巡礼して青梅にさしかかった際、地元の百姓夫婦に「水を一杯頂きたい」とお願いしたところ、夫婦はわざわざ多摩川まで水を汲みに行きました。弘法大師は、「それでは不便であろう」と、持っていた杖で地面を叩いたところ、2ヵ所から水が湧き出しました。これが「男井戸女井戸」の由来です。

   ▲伝説の井戸も、今はひっそりと住宅街に影を
    ひそめている


◆新町の大井戸◆
  青梅市新町に残る大井戸で東京都指定史跡。東西約22m、南北約33m、深さ7mのすり鉢状で、掘られた時期は定かではありません。しかし、地表から筒型井戸を掘る技術が一般化する以前の様式であり、江戸時代以前から道行く人馬の水飲み場となっていたのではないかと推定されています。

   ▲現在は「大井戸公園」として整備され、地域の
    憩いの場になっている


◆旧吉野家住宅の古井戸◆
 青梅市新町に残る江戸時代末期の名主吉野家の井戸で、慶長16年(1611)に掘られました。吉野家は新町を開拓した吉野織部之助の住居で、東京都有形文化財に指定されています。

   ▲江戸時代の生活が今にもよみがえりそうな
    旧吉野家住宅と古井戸

◆懐古の井戸◆
 JR小作駅東口構内にある井戸。明治27年(1894)11月、青梅〜立川間に青梅鉄道が開通した際に地元住民の寄付金で掘られました。深さが27mもあり、当時としては大変な工事でしたが、後にこの井戸が多くの地元住民の生活を支えることになったのです。

   ▲100年以上の間、駅の片隅で鉄道客を見守っ 
    ている「懐古の井戸」


◆羽村まいまいず井戸◆
 JR羽村駅東口駅前にあるすり鉢型の井戸。「まいまいず」とはカタツムリのことで、井戸に向かって降りる通路の形がこれに似ていることから名づけられました。地元の伝説では大同年間(806〜810年)に創設されたと していますが典拠はなく、形態及び出土した板碑などから鎌倉時代の創建と推定されています。

   ▲公営水道が施設された昭和36年(1961)まで
    地域の貴重な水源だった