交流の広場

多摩川遊歩記

第16話 近代上水道の拠点「羽村」

●小作堰●
 小作堰は、小作(羽村市)と友田(青梅市)を結ぶ多摩川橋の下流に造られた堰で、ここから取り入れられた多摩川の水は、直径3.8mの巨大な地下導水管で8.4qほど離れた山口貯水池へ送られています。
 かつて、この辺りには友田の渡しがあり、住民は渡し舟で川を往来していました。大正9年に多摩川橋の前身のつり橋が架けられたことで渡しは廃止になり、現在渡し跡は堰湖の底へと沈んでいます。



   ▲全長193mの小作堰管理橋
    一般歩行者も通行できる


●阿蘇神社●
 小作堰から約1q下った多摩川左岸に阿蘇神社はあります。推古天皇9年(601)の創建と伝えられる阿蘇神社には、九州阿蘇山の神、健磐龍命(たけいわたつのみこと)が祭られています。承平年間(931〜938)は平将門が造営し、その後、将門を倒した藤原秀郷が改築。さらに室町時代後期(1532〜1555)には、一帯を支配していた三田定重が7回の改修を行いました。


   ▲樹齢1000年以上のシイの木が境内を守る
    東京都指定天然記念物


●一本杉●
 阿蘇神社から、大正時代に築堤された「大正土手」にそって下流へ5分程歩くと、土手沿いに一本杉が立っています。根元の直径が1.5m、上部が欠損しているため樹高10mたらずですが、樹齢は数百年にも及びます。
 かつては、多摩川を行き来するイカダ乗りの格好の目印とされていたそうです。
▲土手沿いにぽつりと立つ一本杉

●羽村堰●
 玉川上水の取水口として有名な羽村堰ですが、第3水門から取水された水は、地下導水管で村山貯水池へと送られています。羽村堰は小作堰と同様に首都圏の飲用水を支える重要な役割を果たしているのです。

   ▲江戸時代より上水道の拠点として首都圏を
    支えている羽村堰


●玉川上水羽村陣屋跡と水神社●
 陣屋は、江戸時代に羽村堰と玉川上水を管理するために置かれた役所。羽村堰の横にあり、現在は東京都水道局の事務所が建っていますが、茅葺の陣屋門は残っています。隣にある水神社は、玉川兄弟が上水の守り神として歓請したといわれています。

   ▲羽村陣屋跡(写真右)と水神社(正面)