交流の広場

多摩川遊歩記

第18話 古代ロマンの宝庫「昭島」

 昭和36年8月20日、昭島市大神町のJR八高線鉄橋から下流へ36mの地点で、「クジラ」の化石がほぼ完全な形で発見されました。この付近は、現在は「くじら運動公園」として整備されています。発見された化石の年代は、新生代第四紀更 新世前期(約160万年前)のものと推定され、当時はこの辺りが海であったことがわかります。クジラの全長は約16mで、このクジラは「アキシマクジラ」と名づけられ、現在は東京・国立科学博物館に展示されています。

 くじら運動公園付近の多摩川は、流れがいくつにも分かれ、牛の背中に似た地形がいくつも重なりあっています。これらは「第三紀層露岩」と 呼ばれる地層の一部で、「牛群地形」と名づけられています。第三紀とは、およそ7000万年前までの時代をいいますが、この地層は粘土をたくさん含んだ砂の層からできており、長年の洪水によってできたものと考えられています。


▲クジラの化石が出土した河原
 八高線の鉄橋が見える

 ▲第三紀層露岩(牛群地形)
  牛の群れが川を横断しているように見える
●八高線列車正面衝突事故●

▲発見された衝突車輌の車輪

 終戦後間もない昭和20年8月24日午前7時40分頃、ここを通る八高線鉄橋で旅客列車が正面衝突し、105名が死亡するという鉄道史に残る大惨事が発生しました。両列車とも機関車1両、客車5両の超満員状態で、犠牲者の多くは帰郷する復員兵や疎開先から帰る人々でした。
 当日は、台風通過による激しい雷雨で信号機が故障し、さらに通信途絶が発生。駅間の連絡が取れない状態となりダイヤが大幅に乱れていました。事故の原因は、列車の運行連絡の不備によるものとされています。衝突により客車は川へ転落し、投げ出された乗客の多くは、折からの豪雨で増水した多摩川の濁流に流されてしまいました。行方不明者も多く、実際の死者数は上記の人数を大幅に上回るのではないかとも言われています。
 その後、鉄橋の下流50m程の中州の土中から、衝突車輌の残骸と見られる2対の車輪が発見され、平成16年から土手の上に設置されています。